燃やせるごみ

神になりたい人のブログ 頑張って小説書いてるけど上手くできない Twitter@hasegawa_scond

精神汚染物質

「お前、なんだこれは!」

 右手は銃を向けたまま、左手で、食べ物が入った袋を持ち上げる。白くてフワフワした……食パンというらしいが、それがぎっしりと詰まっていた。銃を向けられた男は冷や汗を流し、口をパクパク動かしているが、何を言っているのか聞き取れない。

「これは、間違いなく食パンだな。主に小麦粉から作られる、昔は朝に食べられていたとかいう……」

 本で見たやつはもっと真っ白だったが、これはそれより少しくすんだ色をしているように見える。そして思っていたより軽い。男に注意を払いながら、触り心地も確かめてみた。掛け布団を触るときの感覚に似ているかもしれない。

「まだ」急に男が喋り出した。すぐに顔を上げ、男の方を睨みつける。

「まだ?どうしたんだ」

「……まだ、食べてません!まだ食べてません!無罪です、私は許されるべきだ!」

 なんということだ、呆れた。今、こいつの部屋に食パンがあるのだから、これを食べようとしていた事は明らかじゃないか。それに「まだ」なんて言ってしまえば、それこそ、そのうち食べるつもりだったことの自白ではないか。私はため息をつきながら、視線を食パンへと戻す。

「まだ食べてません!無罪!無罪!」

「あー、わかったわかった。そうか、確かに食パンはまだ食べていないし、行動上は無罪かもしれない。だがお前の部屋に食パンがあるのだから、お前が食パンを食べようとしていたのは明らかだ。よって思想犯罪としてこの案件は処理されるはずだ。無駄な抵抗はやめなさい」

「そ、そんな、無茶苦茶だ、ありえない」

 男の顔がみるみる絶望に歪んでいく。食パンを食べるような異常人格者にも、恐怖の感情はあるらしい。それにしても、一体どこから仕入れたのだろうか。国内の食パン流通は相当に厳しく取り締まられているはずだが。

「おい、お前。これどうやって手に入れた?」

「か、買いました。」

「どこから?」

「T大学の、研究所から、です」

「はあ〜?」

 何を言ってるんだこいつは。食パンによる精神汚染の危険性について、最初に指摘したのはT大学の教授なはずじゃないか。食パンの食いすぎで頭がおかしくなったのか?……いや、待てよ、なるほどわかったぞ。T大学で精神汚染研究のために使われていたのを、きっと学生なんかが秘密裏に売り捌いているんだな。これは大スクープだ。帰ったらすぐに、上司に報告せねば。

「T大学の、誰から買ったんだ」

「えっと、S教授、です」

「あ?教授だと?あ、あーそうか……」

 しまった失念していた。食パンの研究なんて長年していたら頭がおかしくなるに決まっているじゃないか!S教授は食パンによる精神汚染を研究し続けていたことにより、トチ狂ってしまったんだ。なんて恐ろしい食べ物なんだ!

 急に、言い知れぬ恐怖へと駆られ、今すぐにでも、この忌まわしい食べ物をどこか遠くへやりたくなった。

「おい、お前!このパン、今すぐここで食え!腹のなかに、さっさと消しちまえ!」言うが早いか、即座に銃を投げ捨てて、男の口へと食パンをねじ込もうとする。

 突然指に激痛が走る。男に、思いっきり指を噛まれたらしい。反射的に手を引っ込めてしまった。

「いって!何すんだてめえ!」

 痛さのあまり吠えた、その瞬間。何か、硬いもので頭を殴られ……。

 

 

 

 

「うちの職員が食パンで錯乱を?なるほど、それで襲われたところを、フライパンで殴ってしまったと」

 警官が男に、事態の確認をしている。

「はい……。この人、大丈夫でしょうか」

「それは、体のことかな?それとも、頭のことかな?」

「ふふふ、まあ、体の方、ですね」

 男は心配そうな顔つきで、目の前に倒れている人間の顔を覗き込む。

「それなら心配はいらないよ。もうちょっとすれば目覚めるさ」

「そうですか。それはよかった。……あの、やっぱり犯罪に、なるんでしょうか」

「うーん、行為だけ見れば、確かに危険行動罪かもしれないけど、まあ大丈夫だよ。食パンを食べさせようとするなんていう、凶悪な犯罪者を撃退したわけだし、それほど重い罪には問われないと思う。いや無罪の可能性もある」

「そうですか……、よかったー」

 男は安堵して、大きなため息をついた。

「ははは、いや助かったよ。やはり精神汚染患者は危険だ」

「ほんと、そうですよね。襲われたのが私でよかったですが、女性や子供だったらと思うと、ゾッとしちゃいますよ」

 

二人とも、至って冷静であった。