燃やせるごみ

神になりたい人のブログ すげえ短い小説書いたりしてる Twitter@hasegawa_scond

三途の川

 死んだ。死んでしまった。

 なんという事だ。人生とは時に非情であるなあ、もう終わったけど。

 

 ジャリっと足元から音がした。無意識のうちに足を踏み出していたらしい。ふと顔を見上げると川岸にいた。辺りには霧が分厚く立ち込んでいて、対岸はまったく見えない。この川を渡れば天国に行けるのだろうか。

 

「や、お客さん。おいでおいで」

 

 右耳の方から、男のしわがれた声が響く。川の向こう側へ連れていってくれるかもしれない。右へ十歩半程度歩くと、そいつの、薄汚れた藍色の着物が視認できた。しかしながら、なぜか顔だけは靄がかかってよくみえない。

 

「なんで顔が見えないんですか」

「顔が見えると面白くないからね」

「どうして僕をお呼びに」

「なに、君を向こう岸まで送ってやろうと思ってね」

 

 それはありがたい。長いこと、こんな霧の濃いところにいたんじゃ頭がおかしくなってしまうだろう。さっさと天国にいって満ち足りた生活がしたい。

 

「じゃ、お言葉に甘えて。どうやって向こうまで行くんですか」

「そこに船が浮かんでいるだろう。あれに乗って行くのさ」

「ずいぶんオンボロな船、いや、イカダだ。こんなんじゃ、すぐ波にとばされちゃいそうですが」

「ははっははっはっは。問題はないよ、さあ乗りたまえ」

 

 ずいぶんと気色悪い笑い方をするやつだ。顔はわからないが、古臭い着物といい、時代遅れのへっぴり腰といい、おそらくお爺さんだろう。

 

 ジジイに急かされてささっと船……いや、およそ船とは呼べない代物に乗り込む。僕の座ったところだけ、少し波に沈みこむ感覚が、心地よかった。

 

「あー、これは良いですね」

「だろうだろう、ではいってらっしゃい」

 

 そう男が言うと、船は勝手に動き出し、川の向こう向こうへと僕を追いやって行く。すぐに視界は白で包まれた。

 

「え、あなたも乗るんじゃないんですか」

 

 相手からの返事はない。まるで僕の声が、深い霧に遮られてしまったかのような感覚だった。

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